living sparkly naturally 地球と身体にやさしい生活

ワシントン州からフロリダ州に引っ越し。身体にやさしい食生活、ゆるゼロウェイスト、そして二児の母としての毎日を綴ります。2021年6月からフルタイムRV生活をしています。!

日本の幼稚園生活を振り返って

今回は長男の日本での幼稚園生活を振り返って思った事などを書き留めておこうと思います。

9月の上旬から11月末までの3か月間、4歳の長男は日本の公立幼稚園へ通いました。

まるで4月の入園式からいたよね!と錯覚される位幼稚園に馴染み、彼らしさ全開で1日も休まずに幼稚園生活を満喫していました。11月に入ってから「もうすぐアメリカのおうちに帰るよ。」「幼稚園は11月でおしまいだよ。」と少しずつ少しずつ声を掛け、なるべくスムーズに心の準備ができるように接してきました。「アメリカに帰りたくない!〇〇幼稚園にずっと通いたい!」と言って泣いていましたが、登園最終日は泣かずに笑顔でさようならが出来ました。

途中入園とはいえ、お弁当袋やランチョンマット、上靴袋作り等のお裁縫、お道具箱の中身や全ての持ち物への名前つけ等、日本の幼稚園らしい事が出来て私も楽しかったです。園服、夏用と冬用の帽子、体操着やスモックなどは幼稚園から無料でお借りする事が出来ました。

幼稚園への送り迎えは片道徒歩10分~15分(子供抜きだと5分)、雨の日も風の日も頑張って歩きました。最初は疲れて抱っこをせがまれた帰り道も、いつの間にか最後まで自分で歩けるようになりました。幼稚園の登降園時は、次男が生まれてスーパー赤ちゃん返りをしていた息子と2人だけで!と心に決めていて、その間次男は母にみてもらっていました。1日にたった20分程度だけれど、ママを独り占めできる時間を作ってあげたかった。息子の為と思っていたけれど、でも本当は私自身の為だったんだと後から気づきました。毎朝手を繋いで登園した事、どんぐりを拾いながら歩いた事、歌を歌いながら歩いた事、たまにケーキ屋さんに寄っておやつを買って帰った事、沢山お話しをしながら歩いた2人だけの時間が宝物になりました。子供が大人になった時に思い出したら泣いてしまうんだろうな…なんて思っていたけれど、もう既に泣けてしまう…。

入園前は英語半分日本語半分だった息子、今では日本語100%になりました。ずっと標準語で話していたけれど今ではすっかり方言をマスターし、男の子っぽい口調や言い回しをするように。幼稚園のお友達の影響なんでしょうね。ダディーとの会話もほぼ日本語。ダディーが日本語話せちゃうからね…。

あまり好きではなかったお絵描きや粘土遊びも積極的にするようになりました。食事もスプーンやフォークしか使わなかったのに、お友達が使っているエジソン箸をみて自分も使いたいと言って今ではお箸を使いたがるようになりました。手先を使って何かをする事に興味が出たのかな。1人で黙々と集中して遊ぶ事も相変わらず好きなようですが、お友達と一緒に遊ぶ楽しさも知り、彼の世界はどんどん広がっているようです。もちろん、お友達と喧嘩をしたり思い通りにならない事があるとギャーっとなる事もあるし少し頑固なところもあって素直になれない時もあるけれど、「ごめんなさい」が言えるようになった事、我慢しなければいけない事が世の中には沢山ある事を幼稚園生活の中で学んだようです。

そして園長先生の方針で園では常に何かしら野菜を育てているのですが、園で収穫したパプリカやラディッシュ、水菜など持ち帰ってきて今まで食べなかった野菜を積極的に食べるようになりました。これには驚き!「3歳の時は食べられなかったけれど、4歳になったから食べられるよ!」と本人は言っていますが、野菜を自分で育てて収穫する経験やお友達と一緒に頂くという経験が大きな影響を与えていると思います。

たった3か月だったけれど、日本の幼稚園に通う事が出来て本当に本当に良かったです。快く受け入れて下さった園長先生や先生方、仲良くしてくれた園の全てのお友達や保護者の方々に感謝です。また来年、長期で一時帰国する機会があれば幼稚園で再開できたら良いなと思います。

 

 

日本を離れる時にいつも思う事

私も30代後半になり親となった今、娘を遠く海外へ嫁に出した両親の気持ちが痛い程分かるようになりました。(我が家は男の子2人だけれどね。)

私が年を重ねれば重ねた分だけ、両親も年を取っているわけで…今回の長期一時帰国を終えて日本を離れる時、「あと何回こうして両親と一緒に過ごしたり、子ども達を会わせてあげる事が出来るのだろうか。」と真剣に考え胸がギュッと押しつぶされるような感覚に陥りました。「彼らに万が一の事があったら…私は間に合うのだろうか。果たしてすぐに駆け付けられるのだろうか。」とも。

何も無ければ昨年のように母も一緒にアメリカに来てもらい冬のワシントン州を一緒に楽しみたかったのですが、Covid-19で大騒ぎの中流石にそれは出来なくて泣く泣く諦め、一人で気合を入れて子供2人を連れて帰ってきました。母は11月下旬頃からちょっとした事で涙ぐむようになり、息子の幼稚園最後の登園日もウルウル、息子が「ばあや(ばあば)、また今度アメリカのおうちに来てね!」と言っただけでウルウル、最終日の朝息子が「ばあや、おはよう!」と言っただけでシクシク泣くのです。もともと涙もろい母でしたが年々涙もろさに拍車がかかり、そんな彼女のDNAをしっかり受け継いだ私も一緒になって泣いてしまうようになりました 笑

母との関係は昔から比較的良好でしたが、私が結婚をしてから益々絆が深まったような気がします。女性として、妻として、嫁いだ嫁として、そして母として、分かち合える事や理解できる事が増えたからかも知れません。

夫と出会い恋に落ち、この人となら何があっても一緒に乗り越えていける!と6年前に結婚し今もその気持ちは変わらないし、これから先彼と歩む人生が楽しみでもあり大切にしたいという気持ちは変わっていません。でももし、日本在住の人と結婚していたらどうなっていただろうかと思う事もあります。

20代で日本を飛び出しドイツで暮らし始めた時も、30歳で結婚してアメリカに移住してきた時も、こんな風に考える日が来るなんて思ってもいなかった。そしてこの思いが、私が今ここアメリカに腰を据えて暮らしていくという覚悟を決めきれない大きな一因でもあるように思います。他人を押しのけて、私!私!が出来ないと生き残れない、消費して捨ててまた消費して…という国、基本的に私には合わないと言ってしまえばそれまでだけれど…。(もちろんアメリカのこんなところ素敵だなーと思う事も沢山あります。)

いつか日本に帰る事も視野に入れてみたり(夫婦で)、色々考えてはいるけれど…どんな未来が待ち受けているのかな。

無事アメリカに帰ってきました

5日にアメリカへ帰ってきました。

本当はもっと早く帰ってくるつもりだったのです。正確に言うと、12月1日までにアメリカへ入国しなければイミグレで別室送りになる可能性がありました。グリーンカード保持者は180日以上アメリカを離れてはならないという決まりがあるのですが、次男のアメリカのパスポートが待てど暮らせど届かず、早く帰って来たくても帰る事が出来ずハラハラドキドキ過ごしていたのです。(決してアメリカの出生届出とパスポート申請が遅かったわけでなく、色々と予期せぬ事態が起こったうえにCovid-19も重なりかなり時間が掛かってしまったのです。詳細が知りたい!って人がいたら、また後日詳しく書こうと思います。)

3日のお昼頃に待ちに待っていたパスポートが届き、そこから急いでパッキング、フライトの手配を一気に済ませました。6月に日本に持ち帰った長男のサイズアウトした夏服、幼稚園で作った作品などは全て実家で保管してもらう事にし、日本で調達した長男と次男の冬服、嵩張っても重たくてもどうしても持ち帰って来たかった小豆島のお醤油や三河みりんなどをめいっぱい詰め込んだスーツケース2個、機内持ち込みのバックパックにボストンバッグ、そしてトラベルシステム(チャイルドシートがドッキングできるタイプのベビーカー)を持って4歳と3か月の子供を連れての大移動…かなり大変でした。

スーツケースは予めヤマト運輸の宅空便で空港へ送っていたので、実家から地元の空港まではトラベルシステムとボストンバッグ、身の回り品の入ったバックパックのみでしたが、羽田到着後に国内線ターミナルから国際線ターミナルへ無料シャトルバスでの移動がそれはそれは…地獄でした。抱っこ紐で次男を抱いたままベビーカーを折りたたんだり持ち上げたり、そこにボストンバッグが加わり、自分一人ではシャトルバスの中に1度では載せきれない。長男に手伝ってもらおうと思っても重すぎて無理。バスの中に1人で積み込んでいても誰も手伝ってくれず…。抱っこ紐の中の次男を落としそうになって、ああ、これはもう無理だと思い、一旦載せたベビーカーをバスから降ろし、静かに降車しました。このバスが来るまでターミナルで30分待ちましたが、次のバスまでもう20分待った方が気が楽だわ、と。

きっとね、コロナのせいなんだろう…誰も手伝ってくれなかったのは。でも、声さえ掛けてくれなかったのはとても悲しい気持ちになった…。次のバスでは降車の際に某エアラインの男性職員2名がさっと駆け寄ってきて降車を手伝って下さって、本当に助かりました。ありがとう!
機内では長男も次男も大人しくお利口さんで、カーシートを持ち込んだおかげで次男は良く寝てくれました。今回は某米系エアラインにお世話になったのですが、ドアサイドまで自分のベビーカーを持って行けるので有難い!到着後はまたドアサイドでベビーカーをピックアップできるのでターンテーブル迄重い手荷物と子供を抱っこして移動しなければならない事態を避けられます。(日本のエアラインだと、チェックインカウンターで預けて空港で貸し出されてるベビーカーを使わなければならないのでとっても不便なのです!)

到着後、心配していた入国も別室へ連れていかれて事情聴取される事も無く、スムーズでした。180日ルールを4日超えてしまったので、念のため夫がオフィサー宛に書いた手紙とアメリカに居住する意志がある事を証明できる書類も用意していましたが、生後3か月の息子の出産とコロナのせいか準備していた書類が登場する場面はありませんでした。

息子たちも私も絶賛時差ボケ中。早く心身ともに落ち着いて家族4人の生活を楽しみたいです。ブログ更新ももう少し頻繁に出来たら良いな。

癒しの絵本

アメリカへ戻るまでの残り少ない日々をどのように過ごすか、日本でしかできない事は何か、やり残した事は無いか、毎日考えながら過ごしています。

本物のお醤油やみりん、その他の食品類、日本でしか買えないあれこれ…本当は買って帰りたいものが沢山あるのだけれど、子ども2人を連れて全ての荷物を1人で運ばなければならないし、コロナのせいで今はEMSで荷物を送ることが出来ないので泣く泣く諦めなければならないモノばかりで悲しい…。本当は子ども達に見せたい風景や体験させたかった事も山程あったけれど、コロナで閉鎖されたり中止になったり…。でも、できない事にフォーカスしても現実は変わらないので出来る事にフォーカスしましょ。気持ちの切り替え、大事大事。

息子の通う幼稚園では毎週金曜日になると全園児がそれぞれ好きな本を1冊選んで持ち帰ってきて月曜日に返却するというシステムになっているのですが、それがきっかけで絵本が好きになり、お気に入りの絵本は内容が頭に入っているようでページをめくってはああだこうだとお話ししてくれるようになりました(まだ文字は読めません。)

もちろんアメリカに帰っても絵本は沢山あるけれど、日本語の絵本は限られているので、日本にいる今のうちに図書館で絵本を借りて沢山読み聞かせる事にしました。園で芋掘りをする前は芋掘りや焼き芋に関する本を読んだり、どんぐり拾いをした時はどんぐりに関する絵本を選ぶといったように、実生活に関連したものだったり季節に合わせたもの、息子の好きな電車に関するものを選んだりしています。

今日読んだのはこちら。

f:id:livingsparklynaturally:20201108234013j:plain

えがらしみちこさんの「あのね あのね」

長男が1歳の頃に日本に帰省した時にえがらしさんの「なきごえバス」を本屋さんで見つけ、可愛らしい表紙に惹かれてアメリカへ連れて帰って以来、息子のお気に入りの絵本の1つとなりました。今回たまたま図書館でふと目に入った「あのね あのね」。表紙絵を見た瞬間に「えがらしさんだ!」と心が躍りました。絵がね、何とも可愛らしくて見てるだけで癒されるのです。

幼稚園の子供がパパとママに「あのね あのね」と、その日の出来事を一生懸命お話ししてくれるというストーリーなのですが、ほっこりする反面、ちょっとドキっとしました。長男が「ママ、あのね」「ママ!ママ!」と言ってくる時、ちゃんと息子の声に耳を傾けているかな…向き合って話しを聞いているかな…と振り返ってみると「今忙しいから後でね!」「ちょっと待ってね!」と言ってしまう事が多くて…。特に次男が生まれてからは待たせたり後回しにしてしまう事が増えてしまったなぁと反省しました。

子供との対話の時間を、もっと大切にしたいです。

あると便利♪DIYレンズキャップストラップ

金曜日、長男と次男の七五三と初宮参りに行ってきました。

七五三は15日ですが、混雑する中初宮参りのご祈祷も一緒にお願いするのは気が引けたのと、金曜日は大安でお日柄も良く天気も良かったので、幼稚園が終わった後に氏神様の元へ向かいました。

本殿でご祈祷を終えてから写真撮影を試みましたが、産着が暑くて泣く次男と疲れてグダグダな長男の晴れ姿を写真に収めるのは本当に大変で…。

      f:id:livingsparklynaturally:20201107221119j:plain  f:id:livingsparklynaturally:20201107223903j:plain

こんな写真しか撮れませんでしたが、これも後々振り返れば良い思い出になっているかな。次男は2か月超え、首も早々にほぼ座っていて体重も6.5㎏強なので初宮参り感がゼロですが(笑)、とにかく無事に行けて良かった!

 さてさて本題に入ります。

普段写真を撮る時はもっぱらスマホですが、こういうイベント時にはスマホに加えて一眼レフでも撮るようにしています。カメラ初心者な上、ちょこちょこ動き回る子供たちをカメラに収めるのはなかなか大変で…レンズキャップを付けたり外したり、その度にキャップをケースにしまったり一時的にポケットに入れたりバッグに入れたり、咄嗟の時にすぐ出せなかったり、いつもプチストレスでした。

何とかならないかと思って調べていてレンズキャップストラップの存在を知りました。でも某ねずみの夢の国のキャラクターものだったり、これだ!と思えるデザインのものが無く、それならと自分で作る事にしました。材料は全て(と言っても2つだけ)100均で入手しました。

アクセサリー用の粗目チェーンとチャーム。

f:id:livingsparklynaturally:20201107225929j:plain

チャーム(パイナップル)に粗目チェーンを繋げてレンズキャップにくっつけて、

f:id:livingsparklynaturally:20201107230054j:plain

チェーンの反対側をカメラのストラップを取り付ける部分にくっつけるだけ!

これでレンズキャップをいちいちどこかにしまったり紛失する事もなくパッと外してパッと付ける事が可能になりました。

パイナップルのチャームは両面テープが無かったので接着剤で留めました。チェーンはあまり長いと絡まったり引っかかって切れてしまう可能性もあるので、好みの長さに調節すると良さそうです。粗目チェーン以外に、革紐や糸を編んだものでもOK。

無くても困らないけれど、あったら便利なレンズキャップストラップ。製作費220円で作れるのでおススメです!

心穏やかに、今ここに生きる

アメリカ大統領選挙2020、開票が進んでいますね。

はっきり言って、もうこのシナリオは彼らの計画通りと言いますか、犯罪であろうが何だろうが、どんな手を使ってでも勝つように投票前からこうなるように用意周到に仕向けられていた感が見え見えで…。実際USPSの社員が逮捕されたり、有権者数<投票数という意味不明な現象が起こっている州が幾つもある事が判明してるとか…ね、こんな姑息な手を使ってくる事は想定内だったので驚きも何も無く。(どういう事か気になる方はご自身で検索してね。英語で検索したら出てきます。)

この"茶番劇"を見て、一喜一憂したり心を乱すことなく心穏やかに、今ここに生きる事に意識を向けていきましょうね。踊らされないで!そう、今ここに。あなたがあなたらしく生きる事に専念しましょう。

 

追記:

私はアメリカ永住権を持っていますが、市民権を取得していないので投票権はありません。そしてT氏、B氏、どちらにも肩入れしてはいません。あくまでも外野から眺めているとでも言いましょうか。政治に無関心と言うわけでもありません。いち外国人としてアメリカに生きていく身として今回の大統領選には高い関心があります。でもね、どちらが(誰が)大統領になろうが、彼らに丸投げしたり国や世界を任せるのではなく、大事なのは私が、あなたが、私達がどういう世界に住みたいか、その為にどうしていくか、そこが1番重要なんじゃないかなと思うわけです。

運動会、稲刈り、芋ほりに遠足…幼稚園生活満喫中

息子が日本の幼稚園に通い始めて早2か月弱。

毎日の送り迎え、週2回のお弁当作りにもすっかり慣れて楽しむ余裕も出てきました。

この2か月の間に息子は年少さんクラスにばっちり溶け込み、毎日全身全霊で歌って踊って遊んで喧嘩して…「今ここに生きる!」を体現しています。羨ましい位自分に正直で…子供から学ぶ事ばかり。

今年はコロナで運動会も園全体でなくクラス毎に、時間差での実施でした。各家庭2名(未就学児除く)まで参加可能だったので、母と一緒に行きました。密になるのを防ぐため他の保護者との間隔は2m空けなければならないのですが、1クラス10人しかいないのでかなりゆったりのんびりできました。小ぢんまりしたほのぼの幼稚園だからこそかな。

かけっこや表現の時間はカメラマンに徹し、親子競技の大玉転がしやダンス等の時には母にカメラを託して息子と楽しく汗を流しました。こういう時に恥ずかしがったり縮こまらず、楽しんだもの勝ちだなーって思います。子供と一緒に踊ったり、ぴょんぴょん跳ねたり走ったり。楽しかったし、息子もキャッキャとはしゃいで可愛いかったなぁ。きっとこうやって親子で手を繋いで一緒に…って、今しかできない事なんだろうなぁ。

先々週は遠足、先週は園のすぐ横にある田んぼで年長さんの稲刈り(春には田植えもしたそう)を見学、今週は園庭の畑で芋掘り…小規模だけれど沢山の行事があってこの時期に日本の幼稚園生活を経験させて頂けて、幸運だなと思います。

このまま卒園まで日本の幼稚園に通わせてあげたいけれど、来月にはアメリカに帰らないと…。寂しいなぁ。